MORI LOG ACADEMYより引用

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2008年04月27日(日曜日)のエントリより

 僕は今50歳だけれど、民間の会社に勤めた経験は一度もない。ずっと国家公務員だった。大学の先生は下積みみたいな期間がなく、最初からいきなり管理職といえる。助手だって、もう残業手当はつかない。学生と教授の間で、中間管理職みたいなものだ。企業や官庁の人とのつき合いも多いけれど、みんな偉い役職の人ばかりである。
 だから、社会的な経験が一般的な社会人とは違っている。苦労がない、というふうに見られがちだけれど、管理職の経験を若いときからするはめになり、いきなり責任のある立場になるようなものだ。助教授は、もう教授とほぼ同等になるから、企業でいったら、部長くらいの感じで、事実上「上司はいない」といっても良い。首を切れるのは大臣だけだ。すべての決定権があるし、また、大学運営のほとんどすべてが見える立場になる。
 ずっと、自分は「世の中を知らない」と思い込んでいたけれど、最近になって少し考えが変わった。むしろ、組織というものを非常に見やすい立場にいるのではないか、と。組織の問題点も見えるし、人間関係や利害関係や、あるいは人間の欲望、醜さが、非常に日常的に観察できる立場なのだ。こういう経験は、会社であれば55歳くらいになり、相当偉くならないとできないかもしれない。大きな組織では、なおさらそうだと思う。
 そういった経験が「良かった」なんていうつもりは毛頭なくて、幸運でも不幸でもない。ただ、「見た」というだけだし、今はもう二度と見たくない。

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2008年05月03日(土曜日)のエントリより

 こういった単純作業は大好きだ。先日も書いたが、僕は24歳で国立大学の助手になった。技官や事務官ならば残業手当があるが、助手から上は教育職なのでこれがない。教授から依頼された仕事をする場合もあるけれど、基本的に自由で、出勤簿もなければ、勤務時間という意識もない。
 なにもしなければ、なにもしないで過ぎていく。だから、教授から仕事が来ると、それが嬉しい。「やることがある」という状況は、考えなくて良いし、ただこなせば成果が出る。精神的にとても楽な状況だ。
 毎日毎日、今日は何をするか、自分で考える。明日は何を、明後日は何を、来年は何を、10年後は何をするのか、全部自分で決めて、そしてそのとおりに実行する。実行できたかどうかを見ているのも自分以外にいない。誰も怒らないし、誰も褒めてくれない。こういう仕事を「苦労がない」と言う人もいるだろう。たしかにそうかもしれない。しかし、それだったら、苦労があった方がずっと精神的に楽だ、と僕は思う。